そろそろ漫画の整理せんとな・・・・


藤田和日郎 「月光条例」一巻


うぬ、やっぱこの人の漫画はおもしろくてかっこよい。


内容は、青い月の夜に、世界のおとぎばなしが捻れてしまい、
登場人物が凶暴化して読み手(人間)の世界に来て悪さをしてしまう。
そんな捻れた物語を、「月光条例執行人」になった主人公の岩崎月光は、
幼なじみの演劇部(あだ名♀)と、おとぎばなしからでてきた「鉢かづき姫」と一緒に正していく。


ヒロインの演劇部ちゃんの名前が一巻で明らかにされてないとこや
(この際最後まで明らかにされなかったら笑える)
捻れたおとぎばなしを正す執行人の主人公の性格が、おとぎばなしよりも捻くれてるとこがいい 笑 


しかし、私もいろんな童話読んだけど「鉢かづき姫」は知らなかったなぁ。
知らない話もはじめにざっくりと説明入るから親切。 


私の家には物心ついたときから絵本が揃ってたからよく読んでたんだけど
おとぎばなしって幼少時には読んで夢があるし
大人になって意味を理解したら以外に残酷で悲惨なことに気付くしで長く楽しめるものだと思う。


「青き月光でねじれた『おとぎばなし』は、猛き月光で正さなければならない」
このゴリッとした執行人の決めぜりふ(?)かっこよし。



ゆうきまさみ 「鉄腕バーディ」15〜18巻


うしっ!これで今でてる巻は全部揃った。


氷川、以外にあっけなく終わったね。そして新たな章に突入ですね。
15,16巻でまた伏線張ってるから、今度はバーディのいる組織が絡んで一悶着あるのかな?


温泉の話は箸休めって感じ。
おまけコーナーにあ〜るくんがでてきて♪だっ!


バーディを利用してる感があるゴメスが、
何気にゴメスの奥さんの前で天然意味深発言連発のバーディにしてやられてるとこが笑える。



相田裕GUNSLINGER GIRL」1〜6巻


以前から気になってたので、古本屋で購入。


内容は、義体の少女が銃持ってダダダダダーッてしたり
素手でバキバキッボキボキッって、時にナイフでシャッシャッシャーとしたりして
最後に自分の担当官に「誉めてください」と笑顔でおねだりする話。


なんてのはあんまりなので、平たく言うと政府がらみで障害をもった少女が義体になって殺人の道具にされ
片や、そんな少女達の担当官が、少女への接触の仕方に苦悩したり後ろめたさを感じたりする話


担当官である大人達は、自分達のしている事の罪を充分わかっているからこそ
少女達の直向きさ、無邪気さ、そして人を殺す迷いや罪の無さ、自分に向けられる無償の服従が重いのだ。


少女達の悲壮美。大人達の背徳感。


確かに、この少女達は洗脳され体をいじられ、殺人の道具に仕立てられ
大人の都合でおもちゃにされてる犠牲者なのだが


少女達は、義体にされる前。人身売買されて暴行を受け手足を切断されたり
死んだ両親の前で性的暴行を受けたり、障害をもった為に親に見放されたり、病気で夢を諦めたりと
義体にならなくても、充分生きてる事が辛い状況であり
それなら洗脳されても、辛い記憶を忘れてしまったほうが楽だろうし
自分のそばには、絶対的に信頼をよせれる人(それが洗脳によってでも)がいるし
いくら担当官とはいえ、その人は常に自分を気にかけてくれ、それは自分の存在理由でもあるわけであり
なによりキレイな服を着て、満足に食事ができ体も自由に動き、殺人以外は普通の暮らしが出来る。


案外、担当官が思うよりも、少女達の今の状況は(洗脳されてるとはいえ)
義体になる前よりも幸せなんじゃなかろか?


そうなったら「彼女達が想っている以上に、僕は彼女達のことで頭がいっぱいです」
「彼女を洗脳してるようで、実は自分が彼女に洗脳されました」であって
気付いたら「知らん間に、僕は勝手に彼女に振り回されてました」になる。


あーつまり、大人達はこの漫画読んで「少女に責められて背徳を感じろ!」っていうことなのかな?


心も体も不安定な、油断が許されない繊細な儚さと、それでも一生懸命生きているいじらしさ
無垢でありながらすでに備え持った「女」の部分が垣間見えるしたたかさ。
時折見せる「なんかひょっとしてこいつ、全部わかってて知らない振りしてんのか?」と思わせる表情や言葉
そして、それがある一定の期間であるということ。
いや〜そりゃ「少女」は最強だわ。


4巻の後半から一気に絵が変わってしまった。あの変わり様はひどいっすよ 泣


それにしても私は、カタカナの長い名前が苦手だとつくづく思った。
もう誰がどれってのにえれー時間かかるわ 汗




そういや、「少女」といえば、ついこないだ
ロリコンというのは「いくらその想いが成就したとしても、一生を添い遂げる事が絶対不可能なんじゃないか」
という話を、友達と話してたんだけど


例えば、同性同士は一生を添い遂げることができる。それは若くても年をとっても「同性」は「同性」だから。
でも、「少女」が好きなロリコンは、月日が経って「女」になった時、
ロリコンは、その「少女だった者」を愛することはできないんじゃないかと。(ショタも然り)
そう考えると、「少女」てのは益々手の届かない崇高なもので
それを永遠に追いつづけなければいけないロリコンというは、切ないものだなぁと思う。


ロリコンに安堵はないのか。あれ?ひょっとしてロリコンってM? 汗